遅発性ジスキネジア   tardive dyskinesia(TD)



1.遅発性ジスキネジアとは

 遅発性ジスキネジアは、抗精神病剤などのドパミン遮断作用を有する薬剤の長期投与(数カ月以上)によって発現する常同的な不随意運動のことである。
 一般的には、口周囲の不随運動、頭部、四肢、体幹の筋肉の異常行動を発現する。
 原因薬剤(抗精神病剤)を早急に中止、減量するなどの治療的処置を行うことにより、重症化および非可逆化を予防することが可能となる。しかし、原因薬剤が抗精神病薬の場合、原因薬剤を減量もしくは中止することにより、かえって原疾患を悪化させる危険性がある。
 妄想や幻覚の活発な精神分裂病患者では、遅発性ジスキネジア(TD)に対する自覚が少なかったり、患者自らが身体の異常をうまく訴えることができないこともあり、診断が遅れることがある。また、TDの不随意運動を単なる癖と思い、他人に指摘されて初めて気づくことが多い。
 このことから患者のみではなく、日常生活をともにする家族や、直接介護にあたる人に対し、TDの原因薬剤、症状、副作用発現時の対応等について指導を行う必要がある。
 また、抗精神病薬以外の薬剤、消化管機能改善剤であるメトクロプラミド(商品名:プリンペラン・テルペランなど)もTDを引き起こすことが知られている。


2.症状

 TDの異常不随意運動の発現は、舌>口周辺部>顔面 の順に多く、TD発症患者全例に顔面口部に、繰り返し唇をすぼめる・尖らせる、舌を左右に揺らす・突き出す、ガムをかんでいるように口をモグモグする、歯をくいしばるなどの何らかの異常を認める。また、一部の症例に四肢などの異常運動を認める。通常は随意運動を障害しないが、ときに日常生活動作に支障をきたすことがある。さらに、嚥下反射の障害による誤嚥性の肺炎や、呼吸筋の不随意運動による呼吸障害を引き起こした症例が報告されている。(下表参照)

◇「遅発性ジスキネジア(TD)の発現部位および異常運動」

部位 異常運動 備考
舌の捻転、舌づつみ、舌なめづり、舌を突き出す、片側へ伸ばす 単独もしくは複合して発現
唇とその周辺 唇をすぼめる・尖らせる、きつく閉じるなどの症状 比較的初期に発現
舌顎 口をモグモグさせる*、歯を食いしばる、噛む、顎を側方にずらす *最も多い症状
顔面筋 瞬きを繰り返す、額にしわを寄せる、肩をひそめる、しかめ面をする、目を閉じたまま開眼し難い 顔面上半分の発現頻度は少ない
四肢 手指を繰り返し屈伸する、腕を振り回す・ねじる、足踏み、タップするなどの症状 特になし
身体 体をゆする、くねらす、ねじる 頸部・肩・背部に出現
呼吸筋 呼吸困難、不規則呼吸 きわめてまれ、生命に直接影響するので注意を要する


◇「好発時期」
   @単独で緩徐に出現(初期症状:舌の蠕動、唇の振戦、下顎の側方移動、瞬きの増加など)
   A抗精神病薬中止後に出現
   B急性・亜急性錐体外路症状と密接な時間的関連を持って出現
   C薬物(抗てんかん薬が多い)による中毒症状の一部として一過性に出現


3.発生機序

@ドパミンの機能亢進
Aコリン機能低下(亜急性では亢進)
Bノルアドレナリンの亢進 
CGABAの機能低下
D細胞膜障害
Eフリーラジカル発生などの説がある。
  しかし、TDの発症に大脳基底核の何らかの異常が関与していることは明らかであるが、未だ正確な発生メカニズムは解明されていない。


4.治療法

 現在のところ効果的な治療法はない。可能であれば、原因薬剤(抗精神病剤)を早急に中止、減量することが治療の基本となるが、原因薬剤が抗精神病薬の場合、原因薬剤を減量もしくは中止することにより、かえって原疾患を悪化させる危険性がある。

@原因薬剤の減量・中止
    漸減途中でTDの症状が消失し、さらに精神症状が安定しても、加齢により再発する危険性から、できる限り中止する。
A原因薬剤の減量・中止が難しい、または中止後の再発例では薬剤の変更
B抗精神病薬の減量・中止に併せ、抗パーキンソン病薬の減量・中止
C過去に有効性の報告されている薬剤の使用を試みる
    ビタミンE(1600IU/日)、クロナゼパム(2〜3.5mg/日)


5.遅発性ジスキネジアの発症予防

@できるだけ単剤治療を行う
A慢性期の長期投与では低力価の薬剤か ドパミンD受容体に選択性の高い薬剤の単剤少量投与を行う
B定期的な検査を行う
C看護者、患者家族等に啓豪を行い、TDの早期発見に努める。


6.遅発性ジスキネジアに注意を要する薬剤

一般名 薬効分類 商品名 製薬会社
合剤   117 ベゲタミン 塩野義
アモキサピン   117 アモキサン ワイスレダリー
塩酸クロカプラミン   117 クロフェクトン 三菱ウェルファーマ
塩酸スルトプリド   117 バルネチール シエーリング-大日本
塩酸ペロスピロン水和物   117 ルーラン 住友
塩酸モサプラミン   117 クレミン 三菱ウェルファーマ
オランザピン   117 ジプレキサ イーライリリー
カルピプラミン   117 デフェクトン 三菱ウェルファーマ
クロルプロマジン   117 ウインタミン 塩野義
117 コントミン 三菱ウェルファーマ
スルピリド   117・232 アビリット 住友
117・232 ドグマチール 藤沢
ゾテピン   117 ロドピン 藤沢
チオリダジン   117 メレリル ノバルティス
チミペロン   117 トロペロン 第一製薬
ネモナプリド   117 エミレース 山之内
ハロペリドール     117 ケセラン 住友
117 セレネース 大日本
117 ハロステン 塩野義
117 リントン 三菱ウェルファーマ
フマル酸クエチアピン   117 セロクエル アストラゼネカ-藤沢
プロクロルペラジン   117 ノバミン 塩野義
プロペリシアジン   117 アパミン 三菱ウェルファーマ
117 ニューレプチル 塩野義
ブロムペリドール   117 インプロメン 三菱ウェルファーマ
ペルフェナジン   117 トリオミン 山之内
117 トリラホン シェリング・プラウ
117 ピーゼットシー (PZC) 三菱ウェルファーマ
マレイン酸トリフロペラジン   117 トリフロペラジン 三菱ウェルファーマ
マレイン酸フルフェナジン   117 フルメジン 三菱ウェルファーマ
メトクロプラミド   239 エリーテン 日本化薬
239 テルペラン 帝国臓器-住友,武田
239 プリンペラン 藤沢
239 プロメチン 山之内
239 メトクロール 富山
リスペリドン   117 リスパダール ヤンセン協和
レボメプロマジン   117 ヒルナミン 塩野義
117 レボトミン 三菱ウェルファーマ




〔文献〕
 医学大辞典,南山堂,1998
 日本病院薬剤師会:重大な副作用回避のための服薬指導情報集 No3,じほう
 小瀧 一:向精神薬による遅発性ジスキネジア,月刊薬事,じほう,Vol.40 No.4,258-260,1998.
 藤田敏郎他:薬剤情報提供ハンドブック,南江堂,326-328 inserted by FC2 system